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彩寺記

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2019/12/20 (Fri)


人生は出逢いと別れの繰り返しです。様々な出逢いと別れを経験します。

子どもの頃は出逢いが多かったのに、大人になるにつれて出逢いよりも別れの方が多くなっていることに、ふと気がついて寂しく感じるときがあります。
出逢いの数だけ別れがあり、別れの数だけ悲しみがあります。

お釈迦さまは「愛別離苦(愛する人と別れ離れなければならない苦しみ)」という苦があると説かれています。
大切な人といつまでも一緒にいたいとどんなに願っても、必ず別れの時が来ます。誰も避けることができない苦しみです。

しかし、法然上人はこの世で別れてもお浄土で再会するのだと、次の歌を詠まれています。
〈露の身は ここかしこにて消えぬとも こころはおなじ はなのうてなぞ〉

寒い朝。草の上に露ができます。太陽が昇ってくると露は蒸発し、一つまた一つ、空へ帰っていきます。同じように、私たち人間も寿命を終えて、一人また一人お浄土へ還って往きます。そして、お浄土の蓮の台(うてな)の上で再び出逢うのですよ、という歌です。

私たちは、はかない露の身。今あるご縁を大切にしながら日々を送りたいものです。

 

2019/09/17 (Tue)
〈俺に似ろ 俺に似るなと 子を思い〉
 以前どこかで見かけ、なるほどと思わされた句です。

 日々、一喜一憂しながら子育てをされている方は多いかと思いますが、我が子の様子に自分と似ている所があるとうれしくなります。
 でも、ここは似てほしくないと思う部分を見つけた時、なんとなく、子どもに申し訳ない気持ちになります。

〈子は褒めて育てよ〉というように、できるだけ褒めようと努めても、目につくところは良くない部分ばかり。なかなか良いところを見つけることは難しいものです。

 仏教には「一切衆生 悉有仏性(いっさいしゅじょう しつうぶっしょう)」という言葉があります。「すべての生きとし生けるものには、仏になりうる素質がある」という意味です。

 子の「良さを見つける」ことは、本来そなわっている「仏の素質」を見つけること。そして「褒める」ことは、その「仏の素質」を伸ばすこと。つまり「褒めて育てる」ことは、仏さまのようにやさしい子に育てることにつながるような気がします。

 子に限らず、大人も褒め合うことは大切です。何歳になっても褒められるとうれしいものです。
 私たちは、仏の子なのです。
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